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Dawkins (1989), pp.39-41
[原始の]スープはさまざまな安定した分子、すなわち、個々の分子が長時間存続するか、複製が速いか、あるいは複製が正確か、いずれかの点で安定した分子によって占められるようになったにちがいない。
これら三種類の安定性へ向かう進化傾向があるというのは、次のような意味である。
つまり、時期をずらせて二度スープからサンプルをとると、二度めのサンプルには、寿命、多産性、複製の正確さという三点においてすぐれた分子の含有率が、より高くなっているだろう。
これは本質的には、生物学者が生物について進化とよんでいる過程とかわらない。
そのメカニズムも同じであって、すなわち自然選択なのである。
‥‥
この議論における次の重要な要素は、ダーウィン自身が強調した競争である (もっとも彼は動植物について述べているのであって、分子についてはいっていないのだが)。
原始のスープにとって、無限の数の自己複製分子を維持してゆくことは不可能だった。
それは一つには地球の大きさが限られているためでもあったが、他にも重要な限定要因が存在していたにちがいない。
われわれの想像では、鋳型として働く自己複製子は、複製をつくるのに必要な構成要素の小分子をたくさん含んだスープの中につかっていたと考えられる。
しかし自己複製子が増えてくると、構成要素の分子はかなりの速度でつかい果たされてゆき、数少ない、貴重な資源になってきたにちがいない。
そしてその資源をめぐって、自己複製子のいろいろな変種ないし系統が、競争をくりひろげたことであろう。
‥‥ あまり有利でない種類は競争によって数がへっていき、ついにはその系統の多くのものが死滅してしまったにちがいない。
自己複製子の変種間には生存競争があった。
それらの自己複製子は自ら闘っていることなど知らなかったし、それで悩むことはなかった。
この闘いはどんな悪感情も伴わずに、というより何の感情もさしはさまずにおこなわれた。
だが、彼らは明らかに闘っていた。
それは新たな、より高いレベルの安定性をもたらすミスコピーや、競争相手の安定性を減じるような新しい手口は、すべて自動的に保存され増加したという意味においてである。
改良の過程は累積的であった。
安定性を増大させ、競争相手の安定性を減じる方法は、ますます巧妙に効果的になっていった。
中には、ライバル変種の分子を化学的に破壊する方法を「発見」し、それによって放出された構成要素を自己のコピーの製造に利用するものさえ現われたであろう。
これらの原始食肉者は食物を手にいれると同時に、競争相手を排除してしまうことができた。
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- 引用文献
- Dawkins, Richard (1989) : The Selfish Gene (New Edition)
- Oxford University Press, 1989
- 日高敏隆・他[訳]『利己的な遺伝子』, 紀伊國屋書店, 1991.
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