Up | 要 旨 | 作成: 2007-01-07 更新: 2007-01-07 |
優勢を得た教育論は,現行の学校教育を自分が良しとする方向に変えようとする。 この変更は,学校教育のシステム変更という形で行われる。 学校教育は<複雑系=均衡系>であるので,一部のシステム変更は,思いもよらない所に影響を及ぼす。 そして,進行とともに失敗の面が顕著になっていく。 この失敗を導いた当該の教育論は,論難され,失脚する。 ここまで劣勢にまわされていた学校教育論が,こんどは優勢になる。 そして,同じことの繰り返し。 学校教育論における優勢劣勢の交替劇は,「Aか非Aか」のレベルを超えることがない。 よって,学校教育論は,振り子のように同じ轍を繰り返す。 そしてこれが,学校教育を現実に動かしている。 学校教育を現実に動かしているものが学校教育論である以上,「Aか非Aか」レベルの学校教育論そのものを先ず変えていかねばならない。 これは,「Aか非Aか」に対して「B」を言うことではない。 実際このやり方は,「Aか非Aか」と同じである。 <複雑系=均衡系>の問題を扱うには,この構造の複雑さに見合った科学が必要になる。 学校教育の進路は,思いつき/ひらめき程度のアイデアで切り開かれるようなものではない。 実際,思いつき/ひらめきのレベルで終始するので,学校教育論は振り子のように揺れて同じ轍を繰り返す。 構造が科学されることがないので,<進歩>というものが起こらない。 |