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Dunn (2011), pp.124-128.
パーカーは、腸内で最もありふれた抗体である IgA に関する文献を調べ始めた。
それらにはこう書かれていた──「IgA 抗体の主な機能は腸内の細菌を見つけて識別すること」であり、その識別に従って、免疫システムの他のメンバーは不要な細菌を体外に排出している──だが、この物語はどこかおかしかった。‥‥‥
パーカーは IgA に関する古い論文に目を通していて、かつてそれらを読んできた免疫学者たちが気づかなかった奇妙な点に気づいた。
部分部分は正しいのだが、ひとつにまとめようとすると収まりの悪さを感じるのだ。
1970年代以降の研究では、 IgA が攻撃する細菌には、 IgA のための小さなドアのような受容体があると記されていた。
IgA がそうした細菌を攻撃するとき、 IgA はそのドアから侵入する。
だが、細菌はなぜそんなドアを持っているのだろう。
そのドアから入ってくるのは、自分を攻撃して追い出そうとする抗体だというのに。
まるで、万里の長城を建てておいて、そこに巨大な梯子を残しておくようなものだ。
多くの文献を読み進むにつれて、さらに奇妙なことが見つかった。
最近の研究結果として、 IgA が欠如した患者やマウスの体内では、 IgA 受容体のある細菌が消えたようだと記されていたのである。‥‥‥
パーカーは、これまで腸内の IgA の働きを研究してきた研究者は、大変な誤解をしていたことを悟った。
IgA は実際には、細菌を助けていたのだ!
IgA 抗体は、細菌が互いにつながってバイオフィルムを形成するための足場を提供しているのではないだろうか、と彼は想像した。‥‥‥
1996年、パーカーの考えは単なる仮説にすぎなかったが、それには勢いがあるよう
に思えた。
その検証は7年がかりでゆっくりと進められた。
そしてついにパーカーは、IgA をバイオフィルムに加えると、細菌の成長が速くなることを実験で証明することがで
きた。
IgA を加えると、細菌が人間の細胞に付着する確率はほぼ二倍になり、酵素を用いて IgA を壊すと、バイオフィルムはばらばらになったのだ。
パーカーは自説を裏づける十分な証拠を得たと確信したが、だれもそれを信じようとしなかった。
ところが 2004年になって、事態は急展開した。
パーカーより影響力があり、何百万ドルもの研究資金と10人以上のポスドクを抱えるジェフリー・ゴードンが、パーカーの説を支持する論文を発表したのだ。
ゴードンの論文が突破口となり、それまで黙って様子をうかがっていた人々が、パーカーの説を認め始めた。
パーカーの仮説は革命的な転換をもたらした。
パーカーが取り組み始めたとき、腸内の免疫システムの主な役目は、細菌を攻撃することだと信じられており、それに異論を唱える人はいなかった。
しかし現在、多くの科学者は、まったく逆のことを主張している。
腸内の IgA 抗体は、細菌のドアをノックするものの、攻撃はしない。
それどころか、細菌がバイオフィルムを形成するのに必要な基質を提供しているのだ。
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- 参考サイト
- 引用/参考文献
- Dunn, Rob (2011) : The wild life of our bodies
Harper, 2011.
野中香方子[訳]『わたしたちの体は寄生虫を欲している』, 飛鳥新社, 2013.
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